彼はよく、自分の顔のどこかに小さなかたつむりを乗せていた。
会う度に筋の通った鼻の上や柔らかそうな頬の上、額の上にいるときは目の下まで伸びた前髪に隠れて見えないが、そういうときは必ず彼が「ここに居るよ」と言って前髪をずらして教えてくれ、小指の第一関節ほどの大きさのかたつむりが現れる。
彼はかたつむりという生き物が好きでこういったことをしているわけではない。僕はこのかたつむりを守らなきゃいけないんだ、と彼は言った。
「僕のお母さんだから。僕の方が大きいから、守ってあげるんだ」
彼の家の事情はよく知らない。母親がいないのか、どこに住んでいるのか、小学校には通っているのか。私は彼の名が夕陽だということしか知らなかった。
夕陽。何度フルネームはと尋ねても「夕陽だよ」としか答えない。言えない訳でもあるのかと思って、私はそれ以上の詮索は止めた。彼の身の上のことも、訊かなかった。
彼と出会ったのは、夕日が眩しい帰り道だった。彼は路の脇にしゃがみ込んでいて、私が横を通り過ぎようとしたとき、急に振り向いたのだ。その時の彼は何かを期待していたようだったが、私の顔を数秒ほど見つめた後、「お母さんかとおもった」と漏らして酷く残念そうな伏し目で私を見た。その時の彼の顔が真っ赤な夕日に照らされて、思わずうっとりしてしまいそうなほど綺麗だった。実際彼は顔立ちが美形なほうで、将来恋人には困らないだろうなと思った。
「お母さん待ってるの?」
私がそう訊くと、彼は小さく頷いた。
「私、似てるの?お母さんに」
彼はわからないと言った。会ったことがないから。そう言うと彼は立ち上がって、今日も来なかったと呟き、またねと私に手を振って去った。
その後度々同じ道で会って、それからたまに一緒に遊んだりするようになった。彼がかたつむりと一緒に居るようになったのは、この頃からだった。
「お母さんが来たんだ」
彼は会う度笑顔だった。お母さんと一緒に居られることが嬉しくてたまらないという様子で、何故それがお母さんなのとは訊けなかった。訊いたら彼の中で何かが壊れてしまうと思った。
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かたつむり